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精進料理
  
喜心・老心・大心
精進料理  渋谷区神宮前に店を開いている「月心居」(1)の朝は、「ごますり」から始まります。店の主人、棚橋俊夫氏は毎朝30分間、正座して、心を鎮めてすり鉢に向かいます。

 精進料理が日本に伝わったのはいつのことか分かりませんが、精進料理の基礎を築いたのは道元禅師であると言われています。道元禅師が著した『典座教訓(テンゾキョウクン)』と『赴粥飯法(フショクハンポウ)』(2)は、精進料理にとってもっとも基本なものです。これには調理法がほとんど出てきませんが、作るときやいただくときの基本的な心構えが載っています。

 今日多くの人が精進料理をいただくのは、法事のときくらいでしょう。それも現在では、葬儀のすぐ後に、「精進落し」として肉や魚を食べることが多くなりました。私たち日本人にとっては、肉や魚を食べるのが当然のこととなっているようです。

 肉を一般的に食べ始めたのは、明治の文明開化以降のことです。政府の欧米化政策によって、宮中をはじめ庶民までが牛肉を食べ始めました。そして今では、肉や魚を食べるのが一般的になりました。精進料理を食べようとしたら、特別な店か寺院へ行く以外に方法がないのでしょうか。精進料理を作ることができる人は、少数の人に限られてしまったようです。精進料理は、特別な習慣としてしか残らないのでしょうか。

 精進料理では、肉や魚を一切使いません。スーパー等で売られているような、パックに入った肉や魚はもちろんのこと、出汁や味付けにも一切の肉や魚を使いません。普通に出汁というと、鰹節か昆布です。炒り子もよく使われます。第二次世界大戦後の食料不足の時代では、炒り子はとても重要な食材でした。単に出汁の材料としてのみではなく、たん白質とカルシウムの補給源でもあったのです。

 これらのうち精進料理で使われるのは、主に昆布だしです。月心居でもっぱら使われるのも、昆布だしです。またご主人が毎朝するゴマも、味付けには欠かせないものです。そして味噌も、欠かすことのできない調味料です。

 江戸時代の『精進料理献立集』(3)を見ると、季節の移り変わりに従って多くの料理が載せられています。そのほとんどが、今でも日本人が食べているものです。ただ現在の和食と違っているのは、出汁に鰹節を使わないことくらいです。精進料理と現代の和食とは、共通点が非常に多くあります。
ベジタリアン発祥の多くはアジアである(4)ことからも分かるように、私たちが普通に食べる和食は、出汁を代えるだけで精進料理になるものが多くあります。精進料理というと難しく考えてしまいますが、そんなに難しいものではないようです。料理の内容は、現在の和食と共通しているのです。

精進料理 ここで一つ気になるのは、「精進」という言葉です。「精進」という言葉をどのように考えたらいいのでしょうか。

 日頃食事を作っていて、材料の良し悪しが出来上がりに大きく関係してくると思っておられる方は多いことでしょう。いい材料が手に入ったときには、美味しい料理を作ってやろうと思いませんか。そして家族から、「美味しい」と言われたときに感じる喜びには、大きなものがあります。しかし、よい材料が手に入らなくて、気に入った料理ができなかったときには、家族からの反応もよくないことがあるでしょう。

 ここで考えてもらいたいのは、たとえ気に入らない材料しかない場合でも、心を込めて作ったときには、家族から「美味しい」という反応が返ってきたことがなかったでしょうか。筆者の数少ない経験でも、一所懸命作ったチャーハンを、家族から「美味しい」と言われたことがあります。いやいや作ったときの反応とは、大きな違いがあります。

 道元禅師の『典座教訓』(2)の中に、「事を作(な)し、務めを作(な)すの時節は、喜心・老心・大心を保持すべき者なり」とあります。喜心とは、喜びをもってことをなす心です。老心とは、親がわが子を思うような心のことです。そして大心とは、大きな山のように心をどっしりとさせ、偏ったり固執したりすることがない心です。

 禅寺で典座(テンゾ:修行僧たちの食事に責任を持っている人)の地位にあるものが食事を作る際に、忘れてはいけない心構えとして、この三つの心を述べています(参考サイト1・2)。この三つの心は料理を作る場合のみではなく、すべての事を行う際に必要な心がけでもあります。

 料理を作る際にもっとも重要なことは、食べる人のために心を込めて作ることだということが分かりました。この心を忘れてしまって形だけの料理を作っても、食べた人は美味しいとは思ってくれないでしょう。真心を込めて料理を作ること、すなわち三つの心(喜心・老心・大心)をもって料理を作ることが、精進になるのです。『典座教訓』の中に出てくる中国の老僧が述べているとおり、経典を読むことや、座禅することと同じくらい、三つの心を込めて料理を作ることが精進となるのです。

精進料理 肉や魚を食べることが大切であるという考えは、私たちが受けてきた教育の中で強調されてきたことです。そしてマスコミもまた、よく取り上げることです。ところが今、「狂牛病」の恐れや魚にもっとも多く含まれる環境ホルモンの恐れなどから、肉や魚を食べることの危険性が強調され始めてきました。

 人間は雑食動物であると言われています。しかしよく調べていくと、人間は肉食動物と違って、肉を食べるのに適した体を持っているとは言いにくいことが分かってきました。例えば、口の大きさと歯の形状があります。そして走ったり飛んだりする肉体の力が、肉食動物と比べて足りません。たとえ道具を使って動物を獲り、調理して食べたとしても、人間にとっては植物より消化吸収が難しいのです。本当に肉や魚は、人間にとって必要な食べ物なのでしょうか。

 このような疑問が出てきた現在、精進料理を見直してみるのも必要なことではないでしょうか。日本人が普段食べてきた和食をもう一度見直して、肉や魚を除いた食事をしてみてはどうでしょうか。肉や魚を除いた精進料理は少なくとも、「狂牛病」や環境ホルモンの恐れが少ないものです。

 しかし最近では、精進料理を食べる機会がほとんどなくなってしまいました。法事のときだけでもいいですから、精進料理を食べるときには、前に述べた三つの心を思い出してみてください。そして月一回でもいいですから、精進料理を作ってみたらどうでしょうか。その際には、喜心・老心・大心の三つの心を思い出して、料理を作ってみてください。必ず家族から、「美味しい」という反応が返ってくることでしょう。
≪参考webページ・書籍≫